2024年の政局展望
講師 共同通信社編集委員兼論説委員 久江 雅彦 氏
【講演概要】
裏金問題や予算審議の大詰めの今、岸田総理は9月の自民党総裁
選での再選を確実に狙っているのは間違いない。現在自民党支持率
は極めて低いが、あわよくば6月通常国会会期末で解散ができるほ
ど支持率を上げ、最後の勝負をかけたいと考えているはずだ。その
とき注目されるのが定額減税。賃上げやデフレ戦略としての経済政
策を岸田政権は売り物にしたい。さらに、3月韓国、4月バイデン
との首脳会談、5月ブラジルと予定されている外交効果で支持率ア
ップを描いているだろう。したがって3月4月の世論調査で支持率
が上がるかどうかが6月解散の指標になる。解散できなければ、総
裁選に出馬しないまま退陣することになるだろう。
これまでの世論調査を分析すると、岸田政権は一昨年8月まで高
い支持率だった。しかし安倍氏の国葬を焦って決定したことや、そ
の後の統一教会問題で急降下。昨年1月には一度上がり始めたもの
の、長男の公邸内での忘年会騒ぎやマイナンバーカードの滞りで再
び低下し現在に至る。「内閣支持率と自民党支持率を合わせ、50
%を割ると赤信号」という青木の法則(内閣官房長官を務めた青木
幹雄が提唱したとされる内閣の安定度を示す経験則)に照らし合わせ
ると、いつ辞めてもおかしくない状況。4月28日の衆議院補欠選
挙(東京15区・島根1区・長崎3区)で負ければ、自民党の大激震
は必須。すると、党内キングメーカーである菅氏と麻生氏の二人が
鍵を握り、ポスト岸田の動きが本格化してくるだろう。
次の総理が誰かは誰も分からない。世論の支持を見ると、支持率
一位は石破氏、二位が小泉氏、三位に最近急浮上の上川氏の名前は
挙がるが、石破氏も自民党内の基盤は弱い。一般と党内での支持が
重なる人ほどポスト岸田になる可能性は高いが、現在両者は整合し
ていないのだ。
裏金問題で政治倫理審査会に総理が出席することになったのも、
与野党駆け引きではなく安倍派との攻防が本質だろう。3月中旬まで
に自民党の処分が決まり、その後は政治資金規正法の改正によって
前向きな話に方向転換していくと思う。
自分は政治部で30年政治家を見てきた。つくづく思うのは政治
家とは「人間を操縦できる人」であること。学力や政治偏差値の高
さ、ディベートで勝つことより、さまざまな人間を束ね多数派を創
り上げることが重要だ。田中角栄、小泉純一郎、安倍晋三など長期
にわたり総理を務めた人は人を使う能力が高い。
自民党は純然たる組織政党ではない。地域の代表と業界団体の掛
け合わせだから強い。そして個人の集まりだから派閥ができるのも
当然といえる。選挙制度改革ができ30年になるが、小選挙区制と
国民の支持分布との乖離を解決することが今後の大きな政治課題だ
と思う。
2024年3月28日(木)21 世紀倶楽部月例セミナー
現代に活かす忍術
講師 三重大学人文学部教授 山田 雄司 氏
【講演概要】
忍者(しのびのもの)といえば黒装束で手裏剣を投げる印象ばか
りが先行し、2012年まで歴史学の観点から専門的な研究は行われ
てこなかった。しかし忍者は全国に存在し、特に伊賀(三重県)と
甲賀(滋賀県)が有名。この地域には秘密通路のある忍者屋敷のよ
うな家が現在も残っており、多くの忍術書が伝えられている。
『万川集海』という忍術書には「忍術を使う時に心掛けを間違
えてはならない」と最初に書かれている。そして「天地を創るほ
ど大きなことを成し遂げても、優れた忍者は名前も残さず誇るこ
ともない」とある。忍者は日々地道に敵を観察し、大きな事が起
きる前に察知した情報を主君に伝えることが重要な任務なのだ。
「忍」という字には「我慢する」と「密かに物事をする」の二
つの意味がある。刃を心臓に突きつけられるような危機的状況に
も動じない不動心が大事。自分をいかに表現するかが重要視され
る昨今とは全く違う価値観だが、私は「日本を創り上げてこられ
たのは、忍の精神があったからこそ」と思っている。
忍者にふさわしい人とは、第一に自分の頭で考え行動する知恵
のある人。第二に記憶力の良い人。第三にコミュニケーション能
力に優れた人とある。忍者は多くの人と仲良くなり、さまざまな
情報を聞き出すことが必要。そのために必要な要素として「心身
健康」はもちろん、争いをするのではなく柔和な人、各地の情報
を数多く持っている人、文才がある人、諸芸に通じ時間を埋める
ことができる人などと書かれている。甲賀流14代で「最後の忍者」
と呼ばれる藤田西湖は新聞紙を丸めて吹くと、尺八と同じような
音を出したと言われる。
さらに忍術に最も大事なのが「五間」とある。江戸時代中期の
兵法家である近松茂矩は『甲賀忍之伝未来記』に「奇術のような
事(姿を消したり池を渡ったり)は忍術の末端のことであり、本来
の忍術は五間を磨かなくてはならない」と書いている。
松本藩の忍び芥川家に伝わった『甲賀隠術極秘』にも忍術は非
常に難しい道であり、この道に入ったら「短気、大酒、色欲を慎
み、喧嘩、口論、我儘も禁じる」とある。そして「読書によりさ
まざまな分野を学ぶこと」「山野を歩き五感を研ぎ澄ませること」
「事が起こる前に察知する能力を磨くこと」の大切さを伝えてい
る。
この他、忍術書には、相手を褒めて気分をやわらげてから本筋
を引き出すコミュニケーション術や心を閉ざしている人の心を開
かせるには自分が正直であること。相手の様子を細かく察知し臨
機応変に対応すること。相手の立場で考えること。疑問が無くな
るまで洞察すること。仲間のネットワークを作ることなど、現代
人の仕事にも役立つ内容が紹介されている。
また「酒・色・欲は自分の本心を奪ってしまう敵。自分自身を
厳しく律しなくてはならない」「喜怒哀楽愛悪欲は誰もが持つ人
間の感情。まずは自分自身を知ることが最も大事」などの記述も
私たちの生き方のヒントとして活かせるのではないだろうか。