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イベント関連:月例セミナー

日時:2019年10月 5日 18:35 投稿者:pt21c

講師: 清水寺貫主 森 清範 師

講題:「心をみつめて」

【講演概要】
清水寺(京都市)は778年に創建され約1200年の歴史がある。源氏物語や
枕草子などの古典文学や謡曲などにも清水の観音様が題材にされている。
寺内に神代から湧くとされる「音羽の滝」は霊験あらたかな水。
外国の方にも「この水を飲んで皆さんが観音さんのお心になれば、
諸願成就致します」と申し上げている。ユネスコ憲章前文にも
「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和の砦を
築かなければならない」と書かれている。すべての発信源は心。
憎いと思う心が憎い人を作り、好きな心が好きな人を作る。
仏教には「唯識(ゆいしき)」という思想がある。人間の心は蔵のようなもので、
蔵の中には善悪・好嫌などさまざまな想いがインプットされている。
70歳の人なら70年間の過去の経験から、自身の蔵の中にその人の心を
作ってきている。さらにそれだけではない。人間の代々の縁を辿れば、
地球上に生命が誕生したといわれる40億年の記憶が、誕生した赤ちゃんの
中には詰まっている。つまり私たちの心は二重構造になっているのだ。
人それぞれ蔵に積んできた物は異なる。そのため物事を「観る」場合、
自分の蔵の中に入れた物は理解できるが、入れていない物は素通りしてしまう。
「馬の耳に念仏」という諺があるが、これは自分の蔵の中に何を入れたかが
大切だという教えだ。「言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それは いつか習慣になるから。習慣に気をつけなさい、
それはいつか性格になるから。性格に気をつけなさい、
それはいつか運命になるから」というマザーテレサの言葉がある。
心の姿はすぐに表れる。どのように考えるかが貴方の価値観となり、
その考え方が言葉や行動、姿に出てくるのだと思う。人間の心は極めて正直で
しかも複雑にできている。心の蔵の中には無意識に出てくる「我執」があり、
それは無くなることがない。しかも相対の世界では互いの我が衝突するから厄介だ。
そこで仏教の捉え方では「対を絶つ世界」を考える。人間の絶対的条件とは
「生きている」ということ。男、女でもなく、年寄り、若者でもなく、命が仏。
命ほど尊く、普遍的で平等で絶対的なものはない。考えてみれば、自分の心臓は
自分が動かしているのではない。生きて毎朝目を覚ますことは当たり前ではなく、
とても不思議なこと。悉有仏性(しつうぶっしょう) 、生きとし生けるものすべてが仏、
仏教の根本は命の思想といえる。


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