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イベント関連:月例セミナー

日時:2022年10月31日 11:36 投稿者:pt21c

徳川家康に学ぶ経営戦略
講師 静岡大学名誉教授・文学博士 小和田 哲男氏
【講演概要】
徳川家康は征夷大将軍になったとき、幕府の法令として真っ先に人の
命の大切さを定めている。自身が17歳から戦づくめで、身内や家臣など
多くの尊い命を失ってきた経験からだろう。
家臣として率いたのは三河由来の武士だけでなく、戦で滅ぼした今川
や武田、後北条氏の家臣など敵対した者たちも取り込んでいる。三河一
向一揆で敵対した本多正信は、後に相談役として起用するなど、家康に
は敵を許す度量があったといえる。
「忠臣の子は忠臣になる」という信念を持ち、例えば武田方の重臣だ
った土屋昌恒の遺児である忠直など、早くから聡明さを見抜き引き入れ
ている。「人を選ぶときは自分の好みだけで選ぶのではなく、部下がど
のような仕事に適しているか、長所を認めて抜擢するように」という内
容を述べた記録がある。人を見る目、評価する物差しを持っていたこと
は長期にわたる徳川安定政権を創る重要な鍵になっている。
徳川家康説話集『岩淵夜話』内に「宝の中の宝といふは人材にしくは
なし」とある。三方ヶ原の戦いで大敗したとき、自分の身代わりとなっ
て多くの家臣が命を落とした。この敗北を経験し試練を乗り越えたとこ
ろに武将としての強さが生まれたように思う。事実この戦以降、家康
は家臣思いの武将へと大きく変わっている。
また家康は部下をその気にさせる術を心得ていた。家臣の名前と働き
を記憶し、ときには自分の家臣でない者の手柄まで覚えて声を掛けて
いた。関ヶ原の戦いの際には桃配山に陣を構えた。これは壬申の乱で
大海人皇子(後の 天武天皇)が桃を全兵士に配り戦いに快勝したとい
う故事になぞらえ、家臣を叱咤激励するパフォーマンスだったろう。
さらに家康はタイプの違う家臣を組み合わせることが実に巧みだった。
三河三奉行で知られる「仏の高力清長」「鬼の本多重次」「公平な天野
康景」と三者三様を起用した妙味が注目される。武功派と吏僚派の使い
分けも見事だった。豊臣家臣団は両派の対立に苦労したが、家康家臣団
に内部対立が目立たなかったことは家康の功績が大きかったと思う。
家康の生涯は戦いの連続だったが、1615年大坂夏の陣で江戸幕府が豊
臣家を攻め滅ぼしたことで、応仁の乱以来150年近くにわたり断続的に
続いた軍事衝突が終了。その後、幕末維新までの260年大名の戦いのな
い時代が続いた。その土台を創った家康の戦略を現在の経営に学ぶべき
ではないだろうか。
来年1月から放映されるNHK大河ドラマ『どうする家康』で、私は時
代考証を担当した。徳川の筆頭家老、酒井忠次や石川数正、三傑と言
われた本多忠勝、榊原康政、井伊直政などの武将たちも活躍するので
是非ご覧ください。


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