【講演概要】
JR東海浜松工場は、 11月1日に開設100周年を迎えた。大正元、機関車、客車、貨車の修繕工場「鉄道院浜松工場」として開設されたが、これには浜松町民が、地域繁栄のためにと積極的に誘致に乗り出し、土地を提供てくれたことが大きかった。初めての機関車の修繕には2ヶ月かかったが、よい出来であったことや、ドイツ製のマレー式機関車の組立は、複雑な構造な上、図面が英語で書かれており、15名のスタッフが45日をけ修繕した記録等が残っている。大正6年からは工作機械を内製化し、2年後には模範的技術を立証するため、機関車を新製。昭和12年からはD51形(通称デゴイチ)を製造し、浜松工場では228両中69両を造り、他の工場に比べ、一番性能がよかったと評価された。 昭和20年の戦災は浜松工場にも大きな被害を及ぼし、浜松から工場を移転する案まで持ち上がっていた。しかし「浜松で工機部を守りたい」という工場側の熱意が認められ、浜松での復興がスタート。昭和21年には戦前以上の業績を上げ、内閣総理大臣賞の表彰を受けた。国鉄発足以降も、新幹線検修工場指定を懇請。次々に新車両を新製し、昭和35年新幹線用の試験構体を二ヶ月間で製作した。新幹線の生みの親と言われる15代工場長の島秀雄氏は、D51形の設計者としても知られるが、彼は「新幹線といえども、今までの確実な技術を集約し、磨き上げただけだ」という言葉を残している。 このように、幅広い車両の保守、製造、改造に携わることで、発展を遂げてきた浜松工場は、現在、東海道新幹線唯一の全般検査を行う専門工場として稼働し、平成31年3月完了予定でリニューアル工事を実施中。来年、営業運転開始予定の新型新幹線「N700A」の技術の一部を取り入れる改造工事も進んでいる 。改めて、工場の100年を振り返ると、さまざまな岐路を経験しながらも、現在の浜松工場を支えてきたのは、先人たちの「やらまいか精神」があってこそ、と実感している。今後もその精神を引き継ぎ、検査を通じて、車両の安全を進めていきたい。
11月例会セミナーレポート
2012年 11 月21 日( 水)
21 世紀倶楽部 月例 セミナー
浜松工場100年のあゆみ
講師 佐川昇 氏 (JR東海浜松工場長 )
【講演概要】
JR東海浜松工場は、 11月1日に開設100周年を迎えた。大正元、機関車、客車、貨車の修繕工場「鉄道院浜松工場」として開設されたが、これには浜松町民が、地域繁栄のためにと積極的に誘致に乗り出し、土地を提供てくれたことが大きかった。初めての機関車の修繕には2ヶ月かかったが、よい出来であったことや、ドイツ製のマレー式機関車の組立は、複雑な構造な上、図面が英語で書かれており、15名のスタッフが45日をけ修繕した記録等が残っている。大正6年からは工作機械を内製化し、2年後には模範的技術を立証するため、機関車を新製。昭和12年からはD51形(通称デゴイチ)を製造し、浜松工場では228両中69両を造り、他の工場に比べ、一番性能がよかったと評価された。
昭和20年の戦災は浜松工場にも大きな被害を及ぼし、浜松から工場を移転する案まで持ち上がっていた。しかし「浜松で工機部を守りたい」という工場側の熱意が認められ、浜松での復興がスタート。昭和21年には戦前以上の業績を上げ、内閣総理大臣賞の表彰を受けた。国鉄発足以降も、新幹線検修工場指定を懇請。次々に新車両を新製し、昭和35年新幹線用の試験構体を二ヶ月間で製作した。新幹線の生みの親と言われる15代工場長の島秀雄氏は、D51形の設計者としても知られるが、彼は「新幹線といえども、今までの確実な技術を集約し、磨き上げただけだ」という言葉を残している。
このように、幅広い車両の保守、製造、改造に携わることで、発展を遂げてきた浜松工場は、現在、東海道新幹線唯一の全般検査を行う専門工場として稼働し、平成31年3月完了予定でリニューアル工事を実施中。来年、営業運転開始予定の新型新幹線「N700A」の技術の一部を取り入れる改造工事も進んでいる 。改めて、工場の100年を振り返ると、さまざまな岐路を経験しながらも、現在の浜松工場を支えてきたのは、先人たちの「やらまいか精神」があってこそ、と実感している。今後もその精神を引き継ぎ、検査を通じて、車両の安全を進めていきたい。