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日時:2016年9月 9日 13:10 投稿者:pt21c

演題:講談で知る浜松ゆかりの偉人

講師:田辺一邑 氏 (講談師)

【講演概要】

この釈台(しゃくだい:高座で演者の前に置かれる台)は、私が真打になったときに、

友人達がお金を出し合って作ってくれたものです。この釈台を叩いて、

調子を取る張り扇(はりおうぎ)は、田辺一門では、一般の扇子を半分に切り、

茨城で生産される西ノ内和紙を巻いて自分で手作りしています。

私は以前、システムエンジニアをしていましたが、残業続きの仕事で心身ともに疲れ果て辞職。

その後は、何か一生かけてできる仕事をしたいと考えるようになりました。

失業中にたまたま応募した講談招待券が当たり、講談を聞いたことがきっかけで、

講談師を目指すことになり、1997年田辺一鶴の弟子となりました。

邦楽系の稽古には発声練習はなく、講談界に入ると、すぐに太平記読みから始まり、

いの一番に習うのが「三方ヶ原軍記」という浜松ゆかりの物語です。

入門から3カ月~5カ月の見習い期間を終えると前座となります。

楽屋で着物を畳んだりしながら、開口一番ということで寄席の最初に高座へ上がり講談を披露。

恥をかきながら、だんだんお客さんとの雰囲気に慣れ、体験しながら覚えていくのです。

2009年真打昇進。その年の暮れに師匠の一鶴が亡くなりました。

12月22日の三方ヶ原合戦があったまさにその日が、

三方ヶ原軍記を好んでいた師匠の命日となりました。

私が講談で「浜松の偉人シリーズ」をやるようになったのは真打になってからです。

最初に創ったのが山葉寅楠、それから、松島十湖、福長浅雄、高柳健次郎、白井鐵造などを創作。

この他、湖西の豊田佐吉や伊豆の依田勉三(北海道開拓者)等も自ら取材して創りました。

大河ドラマ放映予定で注目を浴びている井伊直虎も、

7年前に依頼を受けて創作して初めて知りました。

今まで名前も知らなかった人物が「こんなことをしていた人物なのだ」という発見がたくさんあります。

リオのオリンピックもありましたので、

今日は古橋廣之進のお話をしましょう。(講談:「フジヤマのトビウオ古橋廣之進」披露)。

※解説/古橋廣之進(現:浜松市西区雄踏町生まれ)は、第二次世界大戦終了後の水泳界で

次々と世界記録を打ち立て「フジヤマのトビウオ」の異名を取った人物。

1948年にロンドンオリンピックが開催されたが、敗戦国の日本は参加が認められず、

日本水連はロンドン五輪の水泳競技決勝と同日に日本選手権を神宮プールで開催。

古橋は、ロンドン五輪金メダリストの記録を上回った。オリンピックメダルは取れなかったが、

古橋の泳ぎは、戦後日本の打ち沈んだ心をおおいに慰めた。


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